●T-BOLAN「森友嵐士」(もりともあらし)の言葉に感激
~ロックバンド「T-BOLAN」(ティーボラン)ミュージシャンメンバー:森友嵐士(ボーカル/ヴォーカル歌手)・青木和義(ドラム)・五味孝氏(ギター)・上野博文(ベース)~
(前回からの続き)
今まで、詞に「愛」のない歌を特集してきました。
今回は「T-BOLAN」の思い出話しをしたいと思います。
「思い出話し」というのも、「T-BOLAN」は1999年の12月に解散してしまったのですね。
いずれも、「T-BOLAN」の曲でした。
「T-ボラン」の解散は、とても残念でした。
何か1つの時代が終わったような感じがしましたね。
「T-BOLAN」は、青春時代によく聞いていたアーティストでしたからね。
という私はまだ20代ですが。
ふりむけば、いつも「T-BOLAN」がいた(どこかで聞いたフレーズ? )、という感じでした。
カラオケでも「T-BOLAN」のボーカルの嵐士(ちょっと漢字が自信ない、これでOK? )になりきって歌っていました(ちょっとウラガエルところがポイント)。
私が、「Tボラン」にこんなに愛着があるのには理由があります。
それは、なんと、「T-BOLAN」は、私が学生時代の時に大学の学園祭に来てくださったのがきっかけです。
東京の大学なら、いざ知らず、日本の南、九州の南端にある「一度では名前を覚えられないほどの名」の田舎の大学にまで「T-BOLAN」が来てくれたことでした。
その時は、確か、「T-BOLAN」は、TVドラマの主題歌かなんかを歌っていてちょうど、売れ出し始めたときでした。
もし、時期がずれていたら、さらに忙しくなって、「T-BOLAN」は、来てくれなかったかもしれません。
私は、その時は「T-BOLAN」にあまり興味もなかったのですが、せっかく大学に有名人が来るのでちょっとのぞいて見るか程度でした。
当日は、もう、すごい人でした。
長蛇の烈。
こんなにも「わげもん(若者)」がいるのかと、びっくりしたものです(よそから来た人も多かったと思います)。
「T-BOLAN」のコンサートが始まりMCでボーカルの森友嵐士が言った一言が忘れられません。
「空港(鹿児島)から大学まで来る途中の山や畑の景色が、自分の故郷のような風景で懐かしかったぜ~ 」。
変に都会ぶることもなく、むしろ、「自分もお前らと同じ田舎者だ」と言ってくれているようで、ミョーにうれしかったです。
私は他のアーティストのコンサートにも何度か生きましたが、「自分も同じ田舎者だ」というアーティストにあったことはありません。
この時から、徐々に「T-BOLAN」の曲が私の身体の一部と化していきました。
まあ、そんな思い出がありました。
残念ながら、それが、「T-BOLAN」の最初で最後のコンサートになってしまいましたがね。